ところ変われば挨拶変わる



三省堂 「ことばパティオ」連載 「日本のジェスチャー・世界のジェスチャー」(全20回) 東山安子 より

 
 日常の挨拶を考える
  挨拶という言葉は複数の意味を持つ。
 @人と人とが出会うときや別れるときに交わす儀礼的な動作や言葉
 A冠婚葬祭のときに行うスピーチも挨拶と言われる
 B書状などに記載する儀礼的な言葉も挨拶という文字が使われる。
これらの挨拶の中で、ここで話題にする挨拶は@の挨拶についてである。
 このような動作人々は毎日何回となく行っている。家族同士、友人同士、初対面同士、大ホールや小ホールでの出演者による挨拶などなど。
 挨拶を大きく区分けすると、フォーマルな挨拶と日常の挨拶に分けられるだろう。
 けれども、その境界線ははっきりしない。
 ここでテーマとする挨拶は、どちらかというと日常行われる挨拶のほうである。
 これを人々はさりげなくとくに意識することなく行っている。人と人とが出会うとき、別れるとき自然に出てくる動作や言葉、
それをテーマとして取り上げてみたいのである。
 いろいろの日常的挨拶
  日本人が行う日常の挨拶は、「おじぎ」である。これは異論のないところであろう。私たちは幼いころから「おじぎ」を挨拶として躾けられてきた。
 幼稚園にはいると、「先生おはようございます」「先生さようなら」と言葉を発しながら、おじぎをする挨拶を丁寧な挨拶として教えられる。
 「おじぎ」は日本人の日常のなかで、頻繁にみられるしぐさである。
 それの延長で、日本人は「挨拶の基本はおじぎをすることだ」と無意識に思い込むようになっているようだ。
 けれども、ほかの国々の人々の挨拶のしかたを観察してみると、「おじぎ」を日常の挨拶にしていない人々が
世界にはかなりいることがわかる。
 たとえばタイ人は合掌する。相手の目を見ながら合掌し、「サワディー」と言葉をかけるのが日常の挨拶である。
インド人も合掌を挨拶のしぐさとしているようだ。
 中国人たちはどうだろうか?私の観察の範囲内だが、日常の出会いでおじぎをすることはまずない。
相手の目を見ながら相手の名前を呼び会う挨拶が普通のようだ。
 インドネシア人の場合も中国人の挨拶と似ている。「スラマッ」と言いながら、相手の目をみる。
 面白いのはフィリピン人の挨拶で、眉をつり上げるのだそうだ。だから日本の街角で、眉を動かしながら見つめあう二人がいたとすれば、
彼らはフィリピン人だとわかるということになる。
 ヨーロッパ系の人々の場合は、握手、軽い抱擁、軽いキスなど、相手と触れ合う挨拶が日常であることは、
テレビなどでよく目にすることである。
 身体にふれる挨拶と触れない挨拶
  このように見てくると、日常の挨拶と一言で括られる人間の動作にも、国により、民族により、千差万別であることが見えてくる。
 これを整理することなど、簡単にできることではないだろう。
 それをあえて大雑把に区分けしてみると、東洋と西洋の間の相違があるような気がする。
 つまり東洋人は身体を触れない挨拶、西洋人は身体を触れ合う挨拶が中心になるのではないか?
 われわれ日本人の場合、これはかなりはっきりしている。
「おじぎ」を日常の挨拶の基本としているので、出会いのときに身体を触れ合うことはまずない。
身体を触れ合う挨拶として日常取り入れられているのは、せいぜい握手ぐらいである。これも戦後外から入ってきたしぐさである。
もともとの日本文化には存在していなかったと思われる。
 抱擁も軽いキスも日本人の日常の動作のなかには入ってこない。
これらの動作は往々にして男女の間の愛情表現として捉えられているし、そのほかの場合としては赤子や小さな子供たちに対しての
愛情表現のしぐさなのである。
 数十年前だったか、ある新聞記事でオーストラリアでのテレビのクイズショーのことが取り上げられていたことがある。
 問い「日本人はキスをしますか?」
 答え「いいえ、しません」
 結果「ピンポーン」
であった。
 その日本の新聞のコラムでは“けしからん、日本人もキスはする”と怒りの表現だったが、オーストラリアのクイズでは
日常の挨拶としてキスを話題にしていたのであり、日本の新聞記事は愛情表現としてのキスを言っており、両者行き違いであったようだ。
 日本人だって、愛情表現としては古来から抱擁もキスも行っていたはずだ。
 それでは、身体を触れ合う挨拶と触れ合わない挨拶を東と西の違いとして分けるとしたら、世界地図の上でどの辺に線を引くことに
なるのだろうか?
 アジア大陸のかなり東まで広がるロシアは西方の挨拶習慣を持つ国であるので、南北に沿って線を引くことは難しそうだ。
国別に分けてみるならば、パキスタン・中国より東を「身体を触れ合わない挨拶」の地域、
ロシア・カザフスタン・アフガニスタンより西を「身体を触れ合う挨拶」の地域としてみるのはどうだろうか。
 そこで残るのはモンゴルである。地図でみるとモンゴルはロシアという西側挨拶文化と中国という東側挨拶文化の狭間に位置している。
それで、おそらく東西双方の挨拶文化が習慣として定着しているのではなかろうか。
 そんな思いで、数年前モンゴルを旅してみて、やはり予想通りだと確認できたようだ。
 私たちが一緒に旅をしたモンゴル人たちは、毎朝モンゴル語でおはようと言って相手の目を見つめながら挨拶しあっていた。
私たち日本人に対しても同様だった。おじぎはしない。おじぎ文化はないようだ。彼らはお互いに抱き合うこともなかった。
 けれども私たち一行がある村のレストランに寄ったとき、私たちの旅行のモンゴル人のリーダー格のBさんはレストランの
高齢の女主人と抱き合って挨拶していた。むしろ彼女のほうが懐かしそうにBさんに近づいてきたのである。
あとでBさんに女主人との関係を訊ねてみたが、とりわけ親しい間柄ではないということだった。
 ウランバートルの空港での送迎の際、モンゴル人たちは当たり前のように軽い抱擁による挨拶を行っていた。
 モンゴルではこのように身体を触れ合う挨拶は日常的なしぐさであるようだ。
 大相撲で日馬富士の優勝祝賀会の舞台の上で、朝青龍が日馬富士に近寄って軽い抱擁をしたのも、同様であろう。 
 モンゴルは地図の上でもそうであるように、東西挨拶文化の接点であるようだ。 
 日常のおじぎは日本の大切な文化
  興味があるのは、日本人と同じように「おじぎ」を日常の挨拶としている国や民族はどのくらいあるのだろうか?ということである。
 身体を触れ合わない挨拶を習慣としている東洋人たちのなかに、日本人と同じように「おじぎ」を日常的に行っている国や民族が
あるにちがいない。私はこのような問題意識(?)を持って、長年いろいろな国の人々の挨拶の仕方を観察してきた。
でもかぎりがある。実際に国々を訪問する場合は別として、そのほかの機会はテレビで見るか、その国の映画を観るとかということになる。
そのほか、その国の人に直接聞いてみるという方法もある。
 たまたま私がお世話になっている大学にベトナム人の女子学生がいたので、彼女にたしかめたところ、ベトナム人にも日常の挨拶としての
「おじぎ」の習慣はないという答えが返ってきた。
 消去法でいくと、すでに挙げたタイ・インド・中国・インドネシア・フィリピンの人々には「おじぎ」の習慣がない、とわかった。
 ベトナム人も。
 どうしても知りたいのはお隣の韓国のことである。
 最近の韓流ブームのお蔭で、映画を通して彼らの日常の行動に触れることができる。
 そしてある程度わかったことは、彼らはフォーマルな挨拶ではおじぎを使う、それどころか、部屋の中で目上の人にたいして、
膝をついて最敬礼もする。
 けれども友人知人同士とかの間では「おじぎ」をすることはめったにないようだ。
 このような消去法で最後に残るのが日本であり、どうやら日常の挨拶でおじぎを多用するのは、世界広しといえども、日本人だけのようだ。
 日本のおじぎ文化は伝統に守られた大切な日本文化の一つということになる。 
 挨拶も文化交流する
  けれども、最近はこのおじぎが外国に輸出されるようになっている。まさに日本文化の海外流出というところである。
 たとえば、中国や東南アジアへ進出するコンビニやデパートがそのよい例であろう。
 日本の経営者諸氏は日本でと同じように異国の従業員たちが「おじぎ」をもって来客を歓迎するように教育する。
異国の従業員たちは、これを社風の一つとしてあまり抵抗なく受け入れているようだ。
 柔道や相撲の世界で「おじぎ」はグローバルな挨拶だが、これはむしろフォーマルなあいさつの部類に入るであろう。 
 挨拶も時代とともに変遷する
  逆に最近日常の挨拶であまりおじぎをしなくなったのが、日本の若者たちではないだろうか?
私が教えている栃木県の大学でも、学内で学生たちにおじぎで挨拶されることはめったにない。
もちろん丁寧におじぎをしてくれる学生もいる。
 大学ではこのことに気がついてか、学生たちに「挨拶の大切さ」を折にふれてアドバイスしているとのことだが、
その場合、「おじぎ」をすることまで強調されてはいないようだ。
 でも一般的に若者たちはおじぎを日常の挨拶としてあまり使わなくなっている感じは否めない。これをどう解釈するかであるが、
「おじぎ文化」が輸出されるのと並行して、「おじぎをしない文化」が日本へ輸入されているとみるのはどうであろうか?
 最近の若者同士の挨拶でよく行われているのが、相手の目をみながら笑顔で軽く手を顔のあたりまであげて振りつづけるというしぐさである。
日本の街角でよくみる風景である。
熟年の女性たちが「おじぎ」をしながら別れの挨拶をしているかたわらで、若い女性たちが、お互いに目をみつめながら、おじぎはせず、
手を振る風景は日常茶飯事である。
 日本の挨拶も時代とともに変わっているようだ。けれども「身体を触れ合わない挨拶」という東洋的文化は厳重に維持されている。
                                                            (2010年1月26日)